病院歯科口腔外科で抜歯した方がいい親知らず
当院の親知らず専門外来では様々なパターンの親知らずを抜いておりますが、病院歯科口腔外科での処置の方が適した症例にもたまに遭遇します。
ここではどのような症例を病院歯科口腔外科に紹介しているかをご紹介していきます。
出血のコントロールが困難な可能性がある場合
親知らずが下顎管と近い場合には神経麻痺以外にも下顎管内を走行している動静脈からの出血のリスクも考慮しなければなりません。
さらに親知らずの一部が下顎骨から舌側にはみ出している場合には抜歯後、下顎骨のその部分に穴が開くことになります。
このようなケースで下顎管内の動静脈を損傷するなどして抜歯窩内からの出血が多いと、その穴を通じて首へと繋がる顎下隙に血液が流入して気道を圧迫して重篤な偶発症になりかねない可能性があります。
この場合、出血部位を圧迫しようとしても舌根部近くの喉の方なるため困難なことがあります。またこのようなケースでは出血部位の圧迫が難しいため、診療室で止血を確認しても帰宅後に出血するリスクも考慮する必要があります。
また、抗血栓療法や全身疾患によって出血傾向がある方の場合もコントロールされているものであれば必要な止血処置をして当院でも抜歯をしていますが、コントロール不良なものや出血傾向の指標がある一定以上の場合には出血のコントロールが困難な可能性があります。
これらの場合にはより安全を考慮して病院歯科口腔外科を紹介しております。
腫瘍の可能性がある場合
レントゲン画像で親知らずの周りに透過像を認めたり正常像とは異なるレントゲン画像の場合、レントゲン画像からある程度の鑑別が必要になってきます。
当院で経験するものの多くは含歯性嚢胞というもので当院でも抜歯可能ですが、エナメル上皮腫や歯原生角化嚢胞などの腫瘍の場合、歯科クリニックでは対応が困難となります。レントゲン画像でそのような可能性がある場合には病院歯科口腔外科を紹介させて頂いてます。
また経験的に含歯性嚢胞の可能性が高いと思われる場合にも病理検査をして確認しております。
顎下隙に迷入させる可能性がある場合
下顎の埋伏智歯抜歯で親知らずが下顎骨舌側の顎下隙に迷入しそうな位置に埋伏している場合、抜歯中に舌側を抑えて顎下隙に迷入しないように注意する必要があります。
この場合は舌根部近くの口腔底から下顎舌側を押さえるために、苦しくなってしまう方や嘔吐反射が強い方は迷入させた場合のことも考えて全身麻酔下での処置が可能な病院歯科口腔外科を紹介しております。
病院歯科口腔外科での抜歯を強く推奨する親知らず
当院を受診されたケースで病院歯科口腔外科の紹介を強く推奨するケースをご紹介します。
Case1:親知らず歯根が舌側に突出している症例
病院歯科口腔外科の紹介を推奨する理由。
①舌側に突出しているため顎下隙に落ち込むリスクが高く、抜歯の際も舌側を押さえながら抜歯をする必要があるため患者の苦痛を伴う。
②親知らずの埋伏位置が深部であり器具が到達しづらいため抜歯困難。
③下顎管に接しているため出血のリスクがあり、舌側に流れ出た際には止血が困難になる。
④レントゲン上の親知らず上部透過像の精査が必要である。
以上の理由から病院歯科口腔外科での全身麻酔下での処置をおすすめしました。
Case2:位置が深く歯冠が下顎管に沿っている症例
この症例は当院で抜歯しましたが難易度が高いためクリニックでの抜歯はおすすめしないケースです。
①位置が深いため器具が届きづらい。
②親知らずの歯冠が下顎管と沿うように接しているため神経麻痺のリスクと出血のリスクがある。
③親知らずの歯冠が手前の歯に食い込むような形で埋まっているため歯冠が除去しにくく、細かく分割する必要があると抜歯が困難になる。
Case3:下顎枝に埋伏した症例
病院歯科口腔外科を紹介したケースです。以下は紹介した理由です。
①親知らずの歯冠周囲に透過像があるため腫瘍性病変との鑑別が必要。
②親知らずの位置が深部で、下顎管が沿うように走行しているため出血と神経への傷害を考慮する必要がある。
Case4:親知らずの舌側の皮質骨が欠損している症例
病院歯科口腔外科を紹介したケースです。以下は紹介した理由です。
①親知らず周囲に手前の歯の根尖および下顎管を含む透過像があり画像だけでは腫瘍性病変との鑑別が困難。
②舌惻の骨が欠損しており下顎管の血管から出血した場合に骨欠損部から顎下隙に流れ込み止血困難となる可能性がある。
Case5 : 深い位置に埋伏していて上顎洞に突き出している症例(左上8)
紹介理由です。
①深い位置に埋伏しており、器具を到達させるために口角を引っ張ることになり患者の苦痛を伴う。
②埋まっている位置が上顎洞に迷入するリスクがあり、上顎洞に迷入しないように注意を要するため処置に時間を要する可能性がある。
Case6 : 親知らず全体が下顎管に接している症例
紹介下理由です。
①親知らずが下顎管と多く接しているため麻痺と出血のリスクが高い。
②埋伏した位置が深いため器具が届きにくく処置に時間を要する可能性がある。
Case7 : 智歯周囲炎を繰り返している症例
紹介理由です。
①下顎管と歯冠から歯根にかけて多く接しており出血と麻痺のリスクが高い。
②智歯周囲炎によって親知らず歯冠周囲に透過像があり同部の下顎骨も細くなっているため抜歯時および抜歯後の骨折のリスクがある。
③深い位置で反対向きに埋伏しているため抜歯が困難。
④強度の歯科恐怖症がある。
参考文献
・Pell GJ, Gregory BT. Impacted mandibular third molars :classification and modified techniques foe removal. Dent Digest1933 ; 39 : 330 – 338.
・Winter GB. Impacted mandibular third molar. St. Louis : American Medical Book Company, 1926.
・Rood JP, Shehab BA. The radiological prediction of inferior alveolar nerve injury during third molar surgery. Br J Oral Maxillofac Surg 1990 ; 28(1) : 20.
・ Kubota S, Imai T, Nakazawa M, Uzawa N. Risk stratification against inferior alveolar nerve injury after lower third molar extraction by scoring on cone-beam computed tomography image. Odontology 2020 ; 108(1) : 124 – 132.